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2007年、埼玉県会議員を辞めました。 議員は辞めましたが、別項の通り、多くの人の協力に支えられ色々な社会活動を続けています。
» 2010.1.1(毎月 1日発行予定)
皆様
お元気ですか。長らくお休みしていました 見沼田んぼ保全市民連絡会機関誌「竜」再刊5号 送らせていただきます。よろしく。
見沼田んぼ保全市民連絡会代表 村上明夫
よく知られているよう、見沼田んぼに水を入れるのは東西の代用水だ。 見沼代用水は、江戸時代中期に、井沢屋惣兵衛の指揮で作られた。 日本の、農業用水の中でも代表的な用水だ。 作られてから、300年近く経つが、基本的内容は今でも現役だ。
見沼代用水の取水口は約82キロも離れた行田市。 利根川中流域だ。水源は、上越国境の雪解け水だ。 見沼の南半分は、江戸前期に伊奈半十朗忠治の開発した見沼溜井。 下流の川口などの田んぼの水源になっていた。
近所には秩父の山から流れる荒川もある。 何故「荒川」でなく「利根川」か。これは大きな問題だ。 雪は少しずつ融け、森にしみ込み、豊かになっていく。 溜井の代わる用水だから「見沼代用水」なのだ。
米を作る民族は日本以外にもある。でもこんなに農業用水が発達している所は無い。 西日本等に多い溜め池(埼玉県にもあります)関東流(葛西用水がそう)紀州流(見沼代用水)。 米作りは水と一体だった。現在、私たちが見る関東平野の原型が作られたのは江戸時代。
見沼代用水は、日本の農業用水の代表的な存在。 農業用水と同時に江戸を中心とする「舟運」を開いた。 「舟運」は交易、人と物、情報のネットワークの中心だ。 見沼通船堀は循環都市=江戸を作った遺跡。環境時代のお手本だ。 見沼田んぼと代用水は、郷土(さいたま市)の誇る環境資産だ。
▶日時
3月6日(土)午後2時ー4時(1時30分開場)
▶場所
さいたま市浦和区岸町公民館(旧浦和コミセン)
▶参加
申し込み(保全連メンバーまで)
▶他
未定(1月末に決定、次回詳報)
・東浦和駅前の「見沼通船堀公園の早期完成をねがう会」が結成されました。緑区区民会議とともに、清水市長へ早期完成の要望を提出しています。
・緑区区民会議主催の「見沼アカデミー」の第2期も計画中です。次回詳報。早めにお申し込みください。先着順です。
やっと「竜」の再刊5号を出す事が出来ました。 見沼田んぼの保全の情報は保全を進めます。 「竜」も内容、書き手を充実させるつもりです。どうぞよろしく。
村上 明夫